アトツギへのインタビューの記念すべき1回目は、一文字厨器株式会社 田中 諒さんにインタビューをしました。

一文字厨器株式会社
代表取締役 田中 諒さん


世界一の品ぞろえとメンテナンスで、第一線で活躍するシェフや板前の一流の味を支えている包丁ブランド「堺一文字光秀」。3代目の田中諒氏は創業者である祖父の思いをつなぎたいと考え、自らの意思で家業を継ぐことを決めた。IT大手で身につけた合理的なマーケティング手法でもない、会社にもともとあった個人商店の集合体でもない、それぞれの個性を生かしながら泥臭いチームプレーの風土を育み、料理がしたくなる、包丁が使いたくなる文化の創出を図っていこうとしている。


 
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1. マインドセット

・自身の「パーパス」(志)を明確にし、それに共感する仲間を集めて進む姿勢が重要である。自分のアイデンティティと会社のアイデンティティを一致させる。

・長期合理性を信じて、批判や短期的な成果へのプレッシャーに流されない精神力が必要。

・アトツギとして「新しい価値」を生み出すことができるという自信と挑戦心が重要であり、結果的に伝統を次世代に繋げる基盤になる。

2. 改善/改革

・アナログな業務をデジタル化(POSレジの導入やデータ管理)し、業務効率を改善することが事業継続の基盤を作る。

・改善のきっかけはコロナ禍や社員の退職などの「危機」から生まれることがあるが、そこをチャンスとして捉え、変革を進める意識が必要。

3. 事業開発

・長期的視点に立った事業開発が重要。
    「ICHITOI」のように短期で直接利益を生むものではなく、文化やネットワークを醸成することで事業の継続性を高める取り組みが価値を生む。

・イベントやコラボレーションを通じて、多様なパートナーや外部関係者と繋がり、新しい事業機会を生み出すことが可能。

・自社の強み(包丁や道具文化)を活かし、外部環境の変化に適応した新しい価値を提供することが、事業開発の成功に繋がる。

4. チームビルディング

・社員が自主的に考え、行動できる環境を作ることが成功の鍵。
    管理ではなく、信頼を基盤にした組織運営が必要。

・「セカンドペンギン」のように、最初に変化に飛び込む社員が組織の変革を促す。
    新しい社員が既存の社員とともに成長する「循環」を作ることで、組織全体の活性化が進む。

・チーム全員が同じ方向性を共有することで、長期的なプロジェクトでも強い推進力を持つ組織が形成される。


 
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本棚.jpeg 5.08 MB2024年に新しくオープンした2階のICHITOI

ゴードン:
 
「アトツギ」という言葉についてですが、私たちはカタカナで「アトツギ」と表現しています。これは、漢字の「後継者」とは異なり、先代から受け継いだ価値を時代に合わせてアップデートし、次世代に託すまで存続をコミットする個人を指しています。

 漢字の後継者からカタカナのアトツギへの転換について、田中さんにはどのような経緯があったのか、ぜひお聞かせください。子供の頃や学生時代のことでも構いませんので、教えていただけますか?

田中さん:
小学校や中学校の頃は、親に褒められたくて優等生でいようとしていたと思います。例えば、生徒会に立候補したり、弱小だった野球部でキャプテンを務めたりしました。
振り返ると、親に褒められたかったからだと思います。当時、「継ぐ」という話は一度もされたことがありませんでした。

 ただ、当時から「好きなことを仕事にすれば辛いことも頑張れる」という考えが一般的でした。私は音楽が好きだったので、音楽の仕事を考えていました。

ゴードン:
とても面白いですね。

田中さん:
しかし、高校2年生のときに祖父が亡くなりました。祖父は会社の創業者で、とても優しい人でした。彼が亡くなった後、お店を訪れたときに、祖父が残した思いや価値観を感じました。そのとき、「この思いを継ぎ続けることが自分の役割なのかもしれない」と漠然と考えました。それが私にとって転機でした。

ゴードン:
なるほど。おじいさまは創業者だったのですね。その後、実際に家業に入ったのはいつですか?

田中さん:
大学卒業後、別の会社で約8年働いてから31歳のときに家業に戻りました。

ゴードン:
戻るきっかけは何かありましたか?

田中さん:
両親の意向もありましたが、私は家業以外の世界も見たいと思っていました。そのため、広告業界やウェブ業界で経験を積むことにしました。これらの経験が家業に戻った後、非常に役立ちました。

ゴードン:
貴重な経験ですね。家業入社後、アトツギとしてのスイッチが入る瞬間などはありましたか?

田中さん:
約2〜3年前に、自分のアイデンティティと会社のアイデンティティを繋げる作業をしました。それが、今の経営スタイルの基盤になっています。

ゴードン:
自分と会社のアイデンティティを繋げるというのは、何かきっかけがあって始めようと思ったのですか?

田中さん:
そうですね。ふわっとした感覚でしたが、「アトツギファースト」や「U34」で木村さん(木村石鹸工業株式会社の木村祥一郎社長)や堀田さん(堀田カーペット株式会社の堀田将矢社長)の考え方に触れたこと、中川政七商店さんの本を読んだことが大きな影響を与えました。

そこで、自分の会社に必要なのは「アイデンティティや歴史、強みを掘り起こし、自分のキャリアややりたいことと紐付けること」だと気づいたんです。広告会社でブランディングを学んでいたのですが、自分を改めて見つめ直す機会にもなりました。

イチトイ内装.jpg 7.68 MB改装した2階 ICHITOIの内装

ゴードン:
すごいですね。ちなみに、その過程で「やっておいて良かった」と思うことや、特に役立った深掘りの仕方はありますか?

田中さん:
自分年表を作ったことが非常に役立ちました。何歳のときに何があったか、そのときにどんな感情を抱いたのかを時系列で整理しました。例えば、祖父の死を機に「人の思いが繋がること」に対する感動を改めて認識しました。また、前職でのイベント企画や言葉づくりの経験が、今の日本の道具文化や食文化にも繋がると感じた瞬間が大きかったです。

ゴードン: 2〜3年前にその「棚卸し」をするまでの間、家業との関係性には何かズレを感じる部分があったのでしょうか?

田中さん:
焦点が合わないまま進んでいた感じです。「ブランディングが必要」「数字を知らなければならない」など、やりたいことがたくさんありましたが、優先順位が曖昧で、全てが綺麗に繋がっていませんでした。その後、自分の中で全てが整理され、繋がったタイミングがその2〜3年前でした。

ゴードン:
世の中で「これが大事」と言われることを追いかける中で、自分の軸を取り戻したという感じでしょうか?

田中さん:
そうですね。その過程で、本当に必要なこととそうでないことが明確になりました。

ゴードン:
その中で「やってよかったこと」と「やらなくてよかったこと」は何か覚えていますか?

田中さん:
具体的には、2階を改装して新たな場を作ったことが良かった経験です。大きな投資でしたが、今ではその意味を日々実感しています。一方で、例えばAmazon対策や楽天対策のような即効性のある取り組み、または細かなマネジメントで社員を管理するようなことは合わないと感じ、やらなくなりました。

SDIM0098.jpg 464.03 KB社内MTGの様子

ゴードン:
それはなぜですか?

田中さん:
そうですね。「パーパス」という言葉がありますが、自分の中では「志」と同じ意味で捉えています。そのパーパスに向かっていく仲間さえ集めれば、みんなが自発的に楽しみながら同じ方向に向かっていけると感じています。これが、自分がやりたいことを整理し、パーパスを明確にする中で得た信念です。

例えば、木村ゼミ(前述の木村社長を中心としたアトツギファーストでのゼミ)で「人は管理されたいわけではない」という話がありましたが、本当にその通りだと思います。人を物のように扱うのではなく、目的や方向性を共有することで、人は自然に力を発揮してくれるんですよね。

実際、今の職場では、社員のみんなが本当に楽しそうに仕事をしてくれていて、自分でも少し不安になるくらいです。自慢したいことの1つとして、年末には1on1形式の振り返りミーティングを実施していますが、少なくない社員が「この会社は働きやすい」「いい人ばかり」と言ってくれます。

ゴードン:
素晴らしいですね。それは田中さんのビジョンや、現在・過去・未来を繋いで組織に向き合ってきた成果だと思います。

田中さん:
そうだと嬉しいのですが、実際には自分一人の力ではなく、集まってくれた社員たちが素晴らしい人たちばかりだったからだと思っています。本当に尊敬しかありません。

ゴードン:
聞いていて、とても良い状態だなと感じます。
ここまで、田中さんがどのように家業に戻り、アトツギとして変わってきたのかを伺いました。次に、アトツギとして必要なテーマについてお話を進めたいと思います。具体的には、改善、事業開発、チーム作り、事業承継、資金運用などが挙げられるのですが、次に事業開発について伺いたいと思います。


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